隻腕の大投手

スポーツをするうえで体の健康は良好であるべきだ。しかし、世の中にはケガや病気、そして、生まれつきの障害で思い通りにいかない人生を歩まなければならない人もいる。

ジム・アボットは、ある一点だけを除けば、野球にのめり込むごく普通の少年だった。本格的に野球を始める彼は投手として優秀だが大きな壁に直面する。それが彼の右腕だ。彼は「先天性右手欠損」という生まれつき右手首から先が無いという障害があったのだ。

相手にとっては狙い目に最適で彼に向かって狙い打ちを行う。

片腕のみで急いで捕球と送球を繰り出すことがとても難しいことはだれでも理解できるものだ。普通であれば野球を辞めたくなる出来事を彼は前向きに考え、練習に取り組む。

そこで父が思い切った投法を考案した。

①右投げ用のグラブを右手に乗せる

②左手で投球直後に素早くグラブを左手にはめる

③グラブで捕球し、右脇でグラブごと外して左手でボールだけを抜き取り送球する

つまり、左手だけで投球、捕球、送球を行うというもの。

アボット・スイッチ」と名付けられたこの投法に猛練習を重ねたアボットの守備は平均以上の数値を出すほどに成長し、高校、大学で活躍、オリンピックにも出場。決勝戦は、後にプロ入りする選手が半数以上を占めるドリームチームの日本を相手に完投で抑え、金メダルを獲得する。

メジャーリーガーになるとアボット・スイッチを駆使して新人王や2桁勝利など、誰もが認めるメジャーリーガーとして結果を残し、1993年にはノーヒットノーランを達成。「史上最も価値のあるノーヒットノーラン」といわれるほどの快挙にアメリカ中が沸き立つ。

1999年に惜しまれながらも引退。

自身の腕の障害について「体が大きい、小さいのと同じような個性であり、障害だと思ったことはない」として努力をすれば補えると考えており、メジャーリーガーになれたことにもあまり驚かなかったという。

またアボット・スイッチの考案者である父について「自分に野球を教えようとして庭に連れ出した勇気のある人間だ」と答えている。

劣等感を感じずに前向きに努力を続ける彼は今でも障害を持つ人々の英雄であり続けている。